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Trachelectomy

Trachelectomy

子宮頚部摘出術後の妊娠のリスクについて。

連携する産科医の確保も重要
術後妊娠、赤ちゃんの可能性も! 子宮頸がんの妊娠機能温存術
監修:青木大輔 慶応義塾大学医学部産婦人科教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
(2010年05月号)


慶応義塾大学医学部
産婦人科教授の
青木大輔さん 子宮頸がんは、ある程度病期が進むと子宮を摘出するのが一般的。
妊娠出産を望む若い女性にとっては大きな苦痛です。
これに対して、子宮体部だけを残して、妊娠能力を維持するのが、「広汎性子宮頸部摘出術」です。
ただし、術後の妊娠・出産効果が発揮されるには「妊娠中の管理を含め、患者さん自らのリスクへの十分な理解が必要」と、慶応義塾大学医学部産婦人科教授の青木大輔さんは語ります。

.妊娠・出産の適齢期 20・30代に急増する子宮頸がん
子宮頸がんは、初期で見つかれば比較的治りやすいがんといわれていますが、今、日本では若い女性に増加し、大きな問題になっています。

慶応義塾大学医学部産婦人科教授の青木大輔さんによると「以前は、60代、70代の高齢者に患者が多かったのですが、今では20代後半から増えはじめ、1番増加率が著しいのは30代後半」だといいます。

ここ20年ほどの間に子宮頸がんの年齢別にみた罹患率は急激に変化しています。ピークは40代後半ですが、20代、30代でがんになる人もかなり増えてきたのです。

これは、20歳から子宮頸がん検診を受けられるようになり、早期で発見される若い人が増えたことも理由の1つと言えそうです。

しかし、いずれにしても20代後半から30代後半といえば、妊娠出産の多い年齢。妊娠能力を残して治療できるかどうかが、より大きな課題になってきたのです。

[子宮頸がんの年齢階級別罹患率]

出典:国立がんセンターがん対策情報センター 摘出が標準だった子宮体部を残して妊娠機能を温存
[3大手術方法]

出典:国立がんセンターがん対策情報センター『子宮頸がん』を一部改変 子宮頸がんは、簡単にいえば子宮の入り口付近、腟につながる部分にできるがんです。0期の上皮内がんであれば、子宮頸部円錐切除術が標準です。

これは、レーザーメスなどで子宮頸部を円錐状に切り取る方法。子宮体部が温存されるので妊娠能力も維持されます。

今は、1a1期(広がりが7ミリを越えず、深さ3ミリまで)までは円錐切除術が可能です。

「同じ1a期でも、少しがんが深く食い込んでいる1a2期(深さ3ミリ以上5ミリ以内)になると、子宮全摘出術のほうがいいのですが、ケースによっては円錐切除ができる場合もあります。したがって、1a2期はリスクによって個別に判断しています」と青木さん。

がんが5ミリ以上深く浸潤した1b1期になると、手術は広汎子宮全摘出術が標準的です。こうなると、子宮体部はもちろん、周囲の靱帯(基靱帯)や結合組織、骨盤内リンパ節など広範囲の切除が必要になり、当然、妊娠機能は失われます。

がんの大きさが4センチを越える1b2期になると、放射線治療という選択肢もありますが、放射線でも子宮や卵巣に照射されれば、妊娠能力は維持できません。

つまり、妊娠機能を残せるかどうかは、基本的に円錐切除術ができるかどうかで決まるといえます。

そうなると、現在、円錐切除術は1a1期までが基本で、場合によっては1a2期でも可能なケースがあるというのが現状です。同じ子宮頸部に限局した1期でも、手術後の体の状態にはかなり違いがあるのです。

これに対して、今までの枠からはずれる「1a2期から1b1期」で、どうしても赤ちゃんが欲しいという女性のために青木さんたちが始めたのは、子宮体部を温存して妊娠機能を維持する「広汎性子宮頸部摘出術」です。

子宮頸がんの病期

[子宮頸がんの臨床病期と治療法]

出典:国立がんセンターがん対策情報センター『子宮頸がん』を一部改変 広汎子宮全摘出術をベースに実施する術法
広汎性子宮頸部摘出術のもとになったのは、フランスのダジャーンという婦人科医が行っていた頸がんの手術でした。

この人は、腟式、つまり腟から手術操作を行って子宮体部を温存していました。腟式で手術をしていたのは、日本より子宮頸がんの切除範囲が狭いからだといいます。その分、子宮の損傷も少ないので、妊娠率は高くなるのです。

青木さんによると、子宮摘出術には、(1)子宮だけを単純に摘出する手術、(2)子宮の両側を通る尿管の内側で子宮を摘出する手術、(3)尿管の外側から子宮を摘出し、もう少し広範囲に切除する手術という3つの方法があります。

このうち、1b1期などには3番目の方法がとられています。

これらは、単純子宮全摘出術、準広汎子宮全摘出術、そして広汎子宮全摘出術と呼ばれる術式にそれぞれが対応します。

フランスで1b1期に行っている術式は切除範囲からいうと、日本の準広汎子宮全摘出術に近いものなのだそうです。

日本では、1b1期は広汎子宮全摘出術が適応され、骨盤内のリンパ節から靱帯、周囲の組織まで含めて子宮をとるので、フランスより少し切除範囲が広くなるのです。

海外では、すでに子宮体部を温存しても、再発率は子宮全摘術と変わらないと考えられています。

しかし、がん治療の確実性という点から、青木さんたちが考えたのはあくまでも日本の標準、治療を基本にして、そのオプションとして、広汎性子宮頸部摘出術を行うことでした。

「広汎子宮全摘出術は主として日本で開発された手術法です。長い歴史があるので、その安全性も問題点も明らかになっています。
この広汎子宮全摘出術の手法を踏まえた上で、子宮体部を残す方法として広汎性子宮頸部摘出術を始めたのです」

したがって、手術は開腹で行われ、子宮体部を残す以外は、リンパ節郭清や靱帯の切除など広汎子宮全摘出術と同じことが行われます。

宮頸部を切断して腟と縫合
病理診断で子宮温存の是非を判断
[広汎性子宮頸部摘出術の方法]
しかし、実際には、広汎性子宮頸部摘出術は広汎子宮全摘出術より、さらに高度な技術を必要とする手術といえます。

この手術のポイントは、子宮を途中で切断し、頸部のみを切除すること、そして子宮を養う子宮動脈を残すことです。

子宮の下、3分の1の子宮頸部は約2.5センチ前後の長さがあるのですが、これを「少なくとも5ミリ、できれば1センチ残して」切断します。

子宮頸部は、子宮の出口で、胎児を保持する役割を果たしています。子宮頸部の長さには、妊娠したり、流産をしないために重要な意味があるそうです。

そのため、頸部を切断するとどうしても早産をしやすくなります。

そこで、子宮頸部を切断したのち、切り口に糸をかけて子宮の出口を縫い縮め、早産を防ぐ処置をした後、残った腟と縫い合わせます。「腟のほうは上から2センチぐらい切除しますが、それほど短縮した感じはないと思います」と青木さん。

さらに、がんの摘出を確実にするために、手術中に、迅速病理診断を行います。切除した組織の端(断端)を病理検査に出し、切り口にがん細胞がないことを確認するのです。一緒に、郭清したリンパ節も転移が疑われれば検査し、子宮外に進展がないかどうかを確認します。

「もちろん、リンパ節転移の有無は手術前に画像診断などで確認はしているのですが、正確ながんの広がりは切除したものを見ないとわからないのです」と青木さんは話しています。

こうした迅速病理診断によって、がんの残存や転移が見つかれば、手術は途中で標準の広汎子宮全摘出術に変更されます。

青木さんによると、1割ぐらいの人にこうした問題が見つかり、手術開始後、子宮全摘出術に変更になっているそうです。

子宮体部を無傷で守る手術には熟練技術が必要
[治療の流れ]
青木さんによると、この手術は「基本的に広汎子宮全摘出術に習熟している人ならば、できる手術」だといいます。

骨盤内リンパ節の郭清や靱帯を広く切除するなど、広汎子宮全摘出術はそれ自体がハードルが高い手術であると婦人科では考えられているからです。

ただし、広汎性子宮頸部摘出術の場合、手術時間をみても「人によりますが、私の場合は広汎子宮全摘出術に加えて2時間ぐらい。ですから6時間ぐらいかかります」と青木さんは語っています。

基本的には広汎子宮全摘出術と同じことをするわけですが、これに加えて(1)下からくる子宮動脈を探して剥がし、温存する、(2)術中迅速病理診断、(3)子宮頸部の切り口を縫い縮めて腟とつなぎ合わせる、という手間がかかります。

しかも子宮を残すと、細かい作業を要するので「手術への習熟が必要になる」といいます。ふつう、広汎子宮全摘出術の場合、子宮の両脇に鉗子をかけて手術をしやすくするそうです。ところが、温存となるとこの鉗子がかけられないだけではなく、大事に残さなければなりません。こうしたところにも「熟練した技術」が必要になるわけです。

実際には、1a2期か1b1期であれば、誰でもこの手術を受けられるわけではありません。

青木さんは、

●基本的にはがんの大きさは2センチまで

●術前診断で、周囲のリンパ節など他に転移がないこと

●妊娠したいという希望が強いこと

●がんの組織型が子宮頸がんに1番多い扁平上皮がんであること。ただし、腺がんでも小さい場合は考慮する

といった条件を上げています。

年齢的には、40歳くらいまでというのが、一応の目安です。

摘8年で約90人に施術
これまでに7人が出産
では、これまでの成績はどうなのでしょうか。

2002年の開始以来、すでに慶応義塾大学病院では約90人の女性に広汎性子宮頸部摘出術を行っています。日本では1番といっていいほど多い数です。昨年5月にまとめた結果では、24~44歳まで71人がこの手術を受け、うち10人が術中の迅速病理診断などの結果、手術途中で術式を変更。9人が妊娠して、7人が出産しています。

このうち、半数が体外受精など生殖補助医療を受けているそうです。さらに出産の半分は早産で、1番小さな赤ちゃんは24週で生まれています。全員が帝王切開です。妊娠せず、無月経になった人も1割ほどいます。

「半分の出産が早産だったのは、頸管の長さの問題ではないかと推測していますが、これから頸管の長さと早産の関係を見ていくつもりです」と青木さんは話しています。

気になる再発の方は約1割程度にみられます。幸い、今のところいずれの人も再発後、追加治療で救命されているといいます。

「再発は今のところ、がんの大きさが3センチ以上の大きさだった人から出ていて、2センチ以下の人では再発はない」そうです。そのため、子宮体部温存の基本を青木さんらは2センチ以下に置いているのです。

実は、標準の広汎子宮全摘出術でも1b1期でがんの大きさが2センチ以下の場合、手術範囲を縮小してもいいのではないかという議論もあるそうです。

ただ、せっかく子宮を残しても結婚していて妊娠してもいい状況にある人は半分程度、妊娠率は12~13パーセントだといいます。このあたりにもまだ課題がありそうです。

科学的な評価はまだ
術後の状況も考慮すべき
広汎性子宮頸部摘出術を受ける具体的な条件は、すでにあげたとおりです。しかし、それだけではなく、「この手術やその後の妊娠、出産などをとりまく状況も十分に理解して考えていかなければなりません」と、青木さんは語っています。

まず、標準治療に比べて広汎性子宮頸部摘出術に遜色がないのか、科学的には証明されていません。

「本来、無作為化比較試験を行うべきなのでしょうが、妊娠をしたい人と妊娠に関心がない人では条件が違いすぎて、比較試験は難しいのです。最近になって、手術成績が出てきつつはありますが、おそらくどちらがいいのか結論は出ないと思います」と青木さんは語っています。

現在、広汎性子宮頸部摘出術は、その治療成績に不確実性をともなうことも否定はできないので、慶応義塾大学病院では倫理委員会の承認を得て行っている状況です。もちろん、各患者さんに対しては十分説明した上で同意していただいてから手術を行います。

妊娠がハイリスクに
自ら専門産科医確保を
さらに、広汎性子宮頸部摘出術が広まり、いろいろな施設で行われるようになってくると、最初は気づかなかった問題が出てきたといいます。妊娠、出産など周産期の問題です。

「私たちは腫瘍専門医で、妊娠したいという女性の願いを叶えられればと広汎性子宮頸部摘出術を行ってきました。しかし、実際には我々だけの努力で解決できる問題ではないのです。妊娠や出産には、生殖医療や周産期医療の専門医との連携が必要になります」

再発を防ぐにはどうすればいいのか、再発時にはどういう治療を行うか、といった問題だけではなく、妊娠させるにはどういう障害があるのか、妊娠したときには何が問題なのか、出産時はどうなのか、フィードバックしてもらわないと、よりよい形で子宮を残すことにつながらないのです。

これまで幸いにも子宮を温存した患者さんに他の妊娠合併症が重なったことはありませんでした。しかし、例えば流産や子宮内胎児死亡などが起こった場合、「ふつう胎児が死亡すると、腟を通して分娩する経腟分娩になるのですが、子宮を温存した患者さんは帝王切開になるかもしれません」と、青木さんは言います。

広汎性子宮頸部摘出術を受けた患者さんは早産防止のために頸部を縫い縮めています。そのために、帝王切開をしないと亡くなった胎児をとり出せないかもしれないのです。

「癒着胎盤や前置胎盤なども怖い合併症。こういうことが起きたらどうするか、というのも今後の課題です。こんなはずではなかったということも起こりうるかもしれません」

この広汎性子宮頸部摘出術を受けた患者さんが妊娠をすれば、当然ハイリスク妊娠になります。そうなると現実問題として、ハイリスク妊婦の周産期の管理をしてくれる医師を確保することが不可欠になります。

周産期医療の専門家が不足している現状では、患者さん自らが、周産期の管理をしてくれる産科医を確保することが必要になるのです。

単に妊娠機能の温存という面だけではなく、こうしたさまざまな問題やリスクも十分に理解した上で、患者自らが治療法の選択をして欲しいと、青木さんは語っています。


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